チャタレー事件判決
日本における表現の自由とわいせつ規制の転換点:チャタレー事件判決の深層分析
1. はじめに:チャタレー事件の概要と歴史的背景
チャタレー事件は、第二次世界大戦後の日本において、わいせつ文書の規制と表現の自由の境界を巡る画期的な裁判として、その後の法解釈と社会規範に多大な影響を与えた。この事件は、単なる文学作品の是非に留まらず、新憲法下における表現の自由の具体的な適用範囲を問う、極めて重要な試金石となった。
事件の発生と対象作品『チャタレイ夫人の恋人』
チャタレー事件の核心にあったのは、イギリスの小説家D.H.ロレンスが1928年に発表した長編小説『チャタレイ夫人の恋人』の日本語翻訳版であった 1。この作品は、貴婦人の不倫を描いたものであり、その露骨な性描写は、本国イギリスをはじめとする各国で発表当時から大きな議論を巻き起こしていた 1。日本では、英文学者である伊藤整が翻訳を手がけ、1950年に小山書店から無修正版として上下巻で刊行された 1。この翻訳版はたちまちベストセラーとなったものの、同年9月には、翻訳者の伊藤整と出版者の小山久二郎の両名が、刑法第175条のわいせつ文書頒布罪に問われ、起訴されるに至った 1。この一連の出来事は、戦後日本における初のわいせつ文書裁判として記録され、新憲法が保障する表現の自由の限界を問う、歴史的な裁判として位置づけられている 4。
戦後日本の表現の自由とわいせつ規制の黎明期
チャタレー事件の裁判は、1951年5月に東京地方裁判所で開始された 1。この時期の日本は、戦後の法的・社会的枠組みが大きく転換する途上にあった。第二次世界大戦後、連合国軍総司令部(GHQ)は戦前の検閲制度を廃止し、1947年に施行された日本国憲法第21条は、検閲の禁止と表現の自由を明確に保障した 6。
しかし、これらの憲法上の保障にもかかわらず、GHQによるプレスコードという事実上の検閲は、1952年のサンフランシスコ講和条約発効による占領終了まで継続していた 6。また、戦前の出版法にあった事前納本制度が廃止されたことで、粗悪な紙に印刷された大衆向け娯楽雑誌、いわゆる「カストリ雑誌」が隆盛を極めた。これらの雑誌には性的な内容が多く含まれており、これらが刑法第175条の「わいせつな」ものとして摘発され、頒布の取り締まりを受ける対象となった 6。
このような背景の中で発生したチャタレー事件は、まさに戦後の表現の自由とわいせつ規制のあり方を巡る、極めて重要な岐路に位置していた 5。この裁判は、新たに導入された民主主義的な憲法の原則が、既存の社会規範やわいせつ性の法的解釈とどのように調和し、あるいは衝突するのかを試す、決定的な機会となったのである。その結果は、戦後の日本社会における表現の自由の具体的な適用範囲を画定する上で、極めて大きな影響を及ぼすこととなった。
2. 裁判の経緯と各審級の判決
チャタレー事件は、約6年間にわたる長期の審理を経て、各審級で異なる法的概念が採用され、その判決内容も変遷した。この裁判の進行は、戦後の日本がわいせつ規制のあり方を模索する過程を如実に示している。
第一審(東京地方裁判所 昭和27年1月18日)の判決と「相対的わいせつ概念」
チャタレー事件の第一審は、1951年5月8日に東京地方裁判所で開廷し、1952年1月18日に判決が言い渡された 5。東京地裁は、『チャタレイ夫人の恋人』について、「いわゆる春本とは異なり本質的には刑法第百七十五条の猥褻文書とは認め得ない」という見解を示した 5。翻訳者である伊藤整は、彼が「本訳書を正しく読みとるものを読者と想定し」ていたという理由で無罪とされた 5。これは、作品の文学的価値と翻訳者の芸術的意図を一定程度認める姿勢であったと解釈できる。
しかし、出版者である小山久二郎に対しては、有罪判決が下され、罰金25万円が科せられた 5。裁判所は、作品自体が本質的にわいせつではないとしながらも、出版者が「猥本的に取り扱われ、爆発的な売れ行きを呈することが考えられたにもかかわらず何等の措置を為さなかつた」点を問題視した 5。この判決は、「相対的わいせつ概念」を採用したものであり、同一の作品であっても、その頒布方法や公衆への提示の仕方によって、わいせつ性の評価が変わりうるとする考え方であった 5。
第二審(東京高等裁判所 昭和27年12月10日)の判決と「絶対的わいせつ概念」への転換
第一審の判決に対し、検察側と弁護側の双方が控訴した 5。第二審は東京高等裁判所で行われ、1952年12月10日に判決が言い渡された 5。高裁は、地裁の採用した相対的わいせつ概念を明確に批判し、わいせつ性は「その物自体」で決まるべきであると主張した 5。
その結果、高裁は「絶対的わいせつ概念」を採用し、『チャタレイ夫人の恋人』は販売方法等に関わらず「猥褻文書」であると判断した 5。これにより、翻訳者の伊藤整と出版者の小山久二郎の両名が有罪とされ、小山には罰金25万円、伊藤には罰金10万円が言い渡された 5。この判決は、わいせつ性の判断において、作品の内容そのものが唯一の基準であり、頒布方法のような外部的要因は影響しないという、明確な転換点を示した。また、翻訳者については、作品の性的描写を認識し、その出版販売を認識していれば、たとえ「春本」を意図していなくても、販売行為に加担したとみなされ、共同正犯の責任を負うべきであるとされた 7。
第一審から第二審への判決の変遷は、わいせつ性を巡る司法の姿勢が、より厳格な方向へと傾斜したことを示している。地裁が文学的価値と販売方法の分離を試みたのに対し、高裁は作品そのものの客観的な性質を重視し、より単純かつ明確な規制基準を確立しようとしたのである。これは、戦前の検閲制度に慣れていた司法が、新憲法下における表現の自由の機微を完全に受け入れきれず、より明確な統制基準を求める傾向にあったことを示唆している。
最高裁判所大法廷判決(チャタレー判決 昭和32年3月13日)の確定
第二審の判決に対し、弁護側は最高裁に上告した 5。最高裁判所大法廷は、約6年間の審理を経て、1957年3月13日に最終判決を言い渡した 1。最高裁は、第二審の「絶対的わいせつ概念」を支持し、伊藤整と小山久二郎の両名に有罪判決を確定させた 5。
この最高裁判決は、戦後日本におけるわいせつ規制のあり方を決定づける画期的な判例となり、その後のわいせつ関連裁判における判断基準の基礎、すなわち「チャタレー体制」を確立した 5。この判決は、作品の客観的な内容がわいせつ性を決定するという原則を不動のものとし、その後の表現の自由を巡る議論に多大な影響を与えることになった。
3. チャタレー判決が確立した法的基準
チャタレー判決は、わいせつ概念の定義、芸術性との関係、そして判断基準となる「社会通念」について、その後のわいせつ規制の基礎となる重要な法的基準を確立した。
「わいせつ」の定義と「わいせつ三要件」
最高裁判所は、チャタレー判決において、わいせつの定義を「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」と明確に示した 5。これは、いわゆる「わいせつ三要件」として知られることとなる。この定義は、大審院時代(戦前)の判例と実質的に大差なく、戦前のわいせつ概念を基本的に引き継いだものであった 5。このことは、新憲法下においても、性表現に対する司法の保守的な道徳的判断が色濃く残存していたことを示唆している。
「性器・性行為非公然性の原則」と「絶対的わいせつ概念」の採用
判決は、「人間に関する限り、性行為の非公然性は、人間性に由来するところの羞恥感情の当然の発露である」とし、これを人類普遍の原則として掲げた 5。この「性器・性行為非公然性の原則」に反する箇所が作品の一部にでもあれば、作品全体がわいせつであると判断されることになった。
さらに、最高裁は「わいせつ性の存否は純客観的に、つまり作品自体からして判断されなければならず、作者の主観的意図によって影響さるべきものではない」と述べ、「絶対的わいせつ概念」を採用した 5。これは、作者の意図や頒布方法、購読者の属性といった作品外の事情は一切わいせつ性判断の考慮要素とせず、性器・性行為の描写があればそれだけでわいせつ性が肯定されるという厳格な基準であった 5。この原則は、表現の自由の範囲を画定する上で、作品の客観的な内容が主観的な意図や外部的状況に優先するという、司法の明確な姿勢を示した。
芸術性・思想性の扱い
チャタレー判決は、「芸術性と猥褻性とは別異の次元に属する概念であり、両立し得ないものではない」と明確に述べた 5。これは、作品が高い芸術性や思想性を有していても、それがわいせつ性を否定する理由にはならないという立場である。判決は、「高度の芸術性といえども作品の猥褻性を解消するものとは限らない。芸術といえども、公衆に猥褻なものを提供する何等の特権をもつものではない」と強調した 5。
この判断は、芸術作品がわいせつ性を帯びる可能性を認め、作品の一部にでもわいせつな表現があれば作品全体がわいせつとなるという「部分的わいせつ概念」を事実上採用するものであった 5。この原則は、芸術表現に対する司法の統制を強化するものであり、芸術的価値よりも公衆の道徳的秩序維持を優先する姿勢が示された。
しかし、この厳格な基準は、その後の判例で徐々に緩和されることになる。1969年の悪徳の栄え事件大法廷判決では、「全体的考察」の概念が導入され、作品全体の芸術性・思想性が性的刺激を減少・緩和させ、わいせつ性を解消する可能性が認められた 4。さらに1980年の四畳半襖の下張事件最高裁判決では、わいせつ性判断の要素として、描写の程度、作品全体に占める比重、思想との関連性、性的刺激の緩和の程度、そして読者の好色的興味に訴えるか否か、といった具体的な基準が示された 4。これらの後続判例は、チャタレー判決の原則を継承しつつも、芸術表現の多様性に対応するための柔軟性を導入しようとする司法の試みであった。
「社会通念」を巡る判断基準
裁判所がわいせつ性の判断を行う際の基準は、「一般社会において行われている良識すなわち社会通念」であるとされた 5。この社会通念は、「個々人の認識の集合又はその平均値でなく、これを超えた集団意識であり、個々人がこれに反する認識をもつことによって否定されるものでない」と定義され、その解釈は裁判官に委ねられた 5。
判決は、社会通念の変化は認めつつも、「性行為の非公然性の原則」に関する限り、著しい変化は認められないとし、裁判所は「良識をそなえた健全な人間の観念である社会通念の規範に従って、社会を道徳的頽廃から守らなければならない」と述べた 5。この判断は、司法が社会の道徳的規範の維持に積極的な役割を果たすという、強力なパターナリズムを示すものであった。
しかし、この「社会通念」の解釈も、その後の判例で変化の兆しを見せる。1970年の英訳文書事件では、わいせつ性の判断基準として「当該文書を読みうる者の中の普通人」という概念が導入され、読者層の限定が考慮される可能性が示唆された 5。これは、「社会通念」を普遍的な理想ではなく、「現存する社会意識」として捉える方向への転換を促すものであった。さらに、1973年の艶本研究国貞事件や1978年の日活ロマンポルノ事件の下級審判決では、「社会通念」が時代や場所によって変化すること、そして性や娯楽に対する価値観、倫理観、態度などの幅広い要素を考慮すべきであると明示された 5。これらの変化は、「社会通念」という基準が、固定的な道徳規範ではなく、より流動的で文脈に依存する概念へと、司法の解釈が徐々に移行していったことを示している。
4. 表現の自由との関係と憲法上の議論
チャタレー事件は、日本国憲法が保障する表現の自由と、刑法第175条によるわいせつ規制との関係を巡る、戦後初の本格的な憲法論争の舞台となった。
新憲法下における表現の自由の保障
第二次世界大戦後の日本において、1947年に施行された日本国憲法は、第21条において「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と明記し、表現の自由を最大限に保障する姿勢を示した 5。これは、戦前の検閲制度が廃止され、自由な言論・出版活動が可能となる画期的な変化であった 6。チャタレー裁判は、まさにこの新憲法の精神の下で、わいせつ規制のあり方がどのようにあるべきかについて、真剣な議論が交わされた最初の主要な事件であった 5。
「公共の福祉」による表現の自由の制約
最高裁判所は、チャタレー判決において、憲法が保障する表現の自由は絶対無制限ではなく、「公共の福祉」によって制約される場合があるとの立場を明確にした 7。判決は、「性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなすことについて疑問の余地がない」と述べ、問題の翻訳書をわいせつ文書と認め、その出版が公共の福祉に反するとした原判決は正当であると結論付けた 10。
この「公共の福祉」を根拠とした表現の自由の制約は、憲法上の権利と社会秩序維持のバランスを巡る議論の核心となった。判決は、善良な風俗の維持も「公共の福祉」に含まれるとし、刑法第175条の適用が憲法に違反しないと判断した 7。しかし、この「公共の福祉」の適用範囲については、その後の憲法学者や弁護士から、容易に広範な解釈がなされ、表現の自由を不当に制限する危険性があるとの強い批判が提起された 11。表現の自由という基本的人権が「公共の福祉」という抽象的な概念によって制約されることの是非は、現在に至るまで続く重要な憲法上の論点となっている。
裁判所の「臨床医的役割」とパターナリズム
チャタレー判決は、わいせつ性の判断が事実認定の問題ではなく、法解釈、すなわち法的価値判断の問題であると強調した 5。そして、裁判所が判断を下す際の基準である「社会通念」は、「個々人の認識の集合又はその平均値でなく、これを超えた集団意識であり、個々人がこれに反する認識をもつことによって否定するものでない」とされた 5。
この定義は、裁判官が社会の道徳的規範を積極的に解釈し、形成する「臨床医的役割」を担うことを意味した 5。判決は、社会通念の変化を認めつつも、「性行為の非公然性の原則」は普遍的な規範であるとし、裁判所が「良識をそなえた健全な人間の観念である社会通念の規範に従って、社会を道徳的頽廃から守らなければならない」と述べた 5。これにより、司法は、社会の道徳的健全性を維持するための強力な保護者としての役割を自らに課し、時に社会的現実から乖離した、強いパターナリズムを発揮することになった。この司法の姿勢は、表現の自由の境界線を画定する上で、裁判官の価値判断が決定的な影響力を持つという、その後の法運用の特徴を形成した。
5. チャタレー体制の確立とその後の影響
チャタレー判決によって確立された法的枠組みは「チャタレー体制」と呼ばれ、その後の日本のわいせつ規制の基礎を築いた。この体制は、その後の社会や文化の変化に対応するため、いくつかの修正を加えられながらも、長らくその影響力を維持してきた。
「チャタレー体制」の形成と特徴
チャタレー判決は、戦後日本におけるわいせつ罪規制の嚆矢となり、現在まで続く「チャタレー体制」の頸木となった 5。この体制の中核をなすのは、以下の三点である。
わいせつ三要件:「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」というわいせつの定義 5。
性器・性行為非公然性の原則:性器の露出や性行為の公然化は、人間性に由来する羞恥感情に反する普遍的原則であり、これに反する箇所があれば作品全体がわいせつとされる 5。
絶対的わいせつ概念:わいせつ性の存否は作品自体によって客観的に判断され、作者の主観的意図や頒布方法、芸術性・思想性といった作品外の事情はわいせつ性判断に影響しない 5。
この体制は、新憲法下でのわいせつ規制のあり方を巡る議論を経て確立されたものであったが、結果的には戦前と遜色ないわいせつ性の肯定範囲を認めるものとなった 5。
後続のわいせつ裁判への影響と概念の変遷
チャタレー体制は、その後の多くのわいせつ裁判に影響を与えた。しかし、社会の変化に伴い、その厳格な適用は徐々に緩和されることになる。
「全体的考察」と「思想性・芸術性による緩和」の導入:1969年の悪徳の栄え事件大法廷判決は、チャタレー判決の芸術性に関する原則論を継承しつつも、「文書がもつ芸術性・思想性が、文書の内容である性的描写による性的刺激を減少・緩和させて、刑法が処罰の対象とする程度以下に猥褻性を解消させる場合がある」ことを認めた 4。これにより、作品全体の芸術性を参照してわいせつ性緩和の可能性を検討する「全体的考察」の手法が導入された。
判断要素の要件化:1980年の四畳半襖の下張事件最高裁判決では、わいせつ性の判断要素として、性描写の露骨さ、文書全体に占める比重、思想との関連性、性的刺激の緩和の程度、そして主として読者の好色的興味に訴えるか否か、といった具体的な観点が挙げられた 4。これは、まず個々の部分のわいせつ性を推定し、次に作品全体として好色的興味に訴えるかという観点から阻却判断を行う構造へと発展した。
「社会通念」の解釈の変化:チャタレー判決当初、「社会通念」は裁判所が解釈する普遍的で不変の規範とされた 5。しかし、1970年の英訳文書事件では「当該文書を読みうる者の中の普通人」という読者層を考慮する考えが示され、1973年の艶本研究国貞事件や1978年の日活ロマンポルノ事件の下級審判決では、「社会通念」が時代や場所によって変化し、幅広い価値観を考慮すべきであるとされた 5。これは、わいせつ性の判断基準が、より「現存する社会意識」を反映し、頒布方法や読者層といった外部的要因を考慮する「相対的わいせつ概念」へと、緩やかに回帰する動きを示唆するものであった 5。
これらの後続判例による修正は、チャタレー体制の厳格さを緩和し、芸術表現の多様性や社会の変化に対応しようとする司法の努力を示している。しかし、これらの修正は、チャタレー判決の根本的な原則を覆すものではなく、あくまでその枠組み内での調整に留まった。
現代社会におけるチャタレー体制の陳腐化と課題
チャタレー判決から60年以上が経過し、性を巡る思想、文化、芸術のあり方は劇的な変遷を遂げている。現代社会においては、「性の解放」の動きが急速に拡大し、性に関する情報は巷間に溢れ、性器や性行為に罪悪感を覚えることが「社会通念」とは言えない状況になっている 5。
このような状況下で、チャタレー体制が維持してきた即物的な「性器・性行為非公然性の原則」と、それを前提とした「絶対的わいせつ概念」は、現代の多様な芸術形態や思想状況に対応できず、その矛盾が露呈し、機能不全を起こしていると指摘されている 5。特に、2017年のろくでなし子事件は、チャタレー体制の限界と陳腐化を決定的に示した事例として挙げられる 5。この事件では、被告が女性器をモチーフとしたポップアート的なオブジェや3Dデータを制作・頒布したことが問われたが、その意図は「いたずらに性欲を刺激する」ものではなく、女性の身体を男性の性の対象として捉えてきた現状を否定し、非性的脈絡での健康的な扱いを求めるフェミニズム思想に由来するものであった 5。
裁判所は、この種の作品を従来のわいせつ概念に当てはめることに苦慮し、しばしば「女性器として認識しがたい」といった理由でわいせつ性を否定する場面が見られた 5。これは、チャタレー体制の根幹である「性器・性行為非公然性の原則」が、現代の芸術表現や思想状況と乖離していることを浮き彫りにした。論文では、チャタレー体制が「トラウマ的なプロテスタント的性倫理」に由来するものであり、完全に陳腐化・旧弊化していることを率直に認めるべき時期が来ていると提言されている 5。
6. 結論:チャタレー事件判決の現代的意義と今後の展望
チャタレー事件判決は、戦後の日本において、表現の自由とわいせつ規制のあり方を巡る司法判断の礎を築いた画期的な出来事であった。この判決は、D.H.ロレンスの文学作品『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳版を巡る約6年間の裁判を経て、わいせつの定義、芸術性との関係、そして判断基準となる「社会通念」に関する法的枠組み、すなわち「チャタレー体制」を確立した。
この体制は、「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」という「わいせつ三要件」を提示し、「性器・性行為非公然性の原則」を普遍的規範として位置づけた。また、わいせつ性の判断は作品自体によって客観的に行われるべきであり、作者の主観的意図や芸術性・思想性はわいせつ性を解消しないとする「絶対的わいせつ概念」を採用した。これは、新憲法下で表現の自由が保障されたにもかかわらず、司法が社会の道徳的秩序維持に重きを置く、保守的な姿勢を示したものであり、戦前の検閲制度の遺産が色濃く反映された結果とも解釈できる。
しかし、この厳格な法的基準は、その後の社会や文化の変遷、特に性の解放の動きや多様な芸術表現の登場によって、徐々にその限界が露呈していった。悪徳の栄え事件や四畳半襖の下張事件などの後続判例では、「全体的考察」や「思想性・芸術性による緩和」といった概念が導入され、また「社会通念」の解釈も、より現実に即した「現存する社会意識」へと変化する兆しを見せた。これらの修正は、チャタレー体制の硬直性を緩和し、現代社会の複雑な表現状況に対応しようとする司法の努力であった。
それでもなお、ろくでなし子事件のような現代の事例は、チャタレー体制の根幹にある「性器・性行為非公然性の原則」と「絶対的わいせつ概念」が、現代の多様な芸術形態や思想状況、そして一般市民の性に対する価値観と大きく乖離していることを浮き彫りにした。現在のわいせつ規制は、性器や性行為の単純な描写を罪悪視する傾向にあり、本来「権利」であるはずの「エロティックな信号の発信」までもが不当に制限されるという矛盾を抱えている。
チャタレー事件判決は、戦後日本の表現の自由の歴史において、その後の法運用と社会規範に多大な影響を与えた重要な判例であることは疑いようがない。しかし、その確立から半世紀以上が経過した現在、その法的枠組みは、現代社会の価値観や情報環境との間に大きな隔たりを生じさせている。今後のわいせつ規制のあり方を考える上では、単なる性器・性行為の描写を対象とするのではなく、真に社会に「性的害悪」をもたらす表現に焦点を当て、表現の自由の保障と公共の福祉のバランスを再構築する、新たなパラダイムの構築が喫緊の課題であると言える。
引用文献
ご存知ですか? 3月13日は「チャタレイ裁判」最高裁判決の日です - 文春オンライン, 6月 28, 2025にアクセス、 https://bunshun.jp/articles/-/1716?page=1
チャタレイ夫人の恋人 - Wikipedia, 6月 28, 2025にアクセス、 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%82%A4%E5%A4%AB%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%81%8B%E4%BA%BA
チャタレイ事件(ちゃたれいじけん)とは? 意味や使い方 - コトバンク, 6月 28, 2025にアクセス、 https://kotobank.jp/word/%E3%81%A1%E3%82%84%E3%81%9F%E3%82%8C%E3%81%84%E4%BA%8B%E4%BB%B6-1562520
ロマンチックな不倫物語が有罪になった「チャタレー事件」とは ..., 6月 28, 2025にアクセス、 https://ddnavi.com/article/d688359/a/
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最高裁判所判例集 - 裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan, 6月 28, 2025にアクセス、 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51271
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チャタレー事件 - Wikipedia, 6月 28, 2025にアクセス、 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%83%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6
第5回 性表現について争われた判例について - アノ小説はなぜドラマ化・映画化・漫画化されたのか? ~あんな事、こんな事が書かれてた! あの人気作はこんなにエッチ?! これであなたの小説も映画になるかも!(北島 悠) -, 6月 28, 2025にアクセス、 https://kakuyomu.jp/works/16816927859434938319/episodes/16816927859461113090
チャタレー事件 上告審, 6月 28, 2025にアクセス、 https://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/29-3.html

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